← 全記事

自分の人生で誰もこれが存在することを知らない。

3週目

自分の人生で誰もこれが存在することを知らない。家族も知らない。友人も知らない。毎日一緒に働いている同僚も知らない。ミーティングに座り、メールに返信する。それでも、自分の暗号資産ウォレットを置いて見知らぬ人にお金持ちにしてくれと頼んでいるページがインターネットのどこかにあることを、誰も知らない。これまで自分が抱えてきた中で一番公の秘密だ。

今朝起きて、コーヒーを淹れて、ノートPCを開き、いまや日課になったアナリティクスを確認した。今週の訪問者は73人。寄付は相変わらずゼロ。それからタブを閉じて、Slackを開いて、普通の仕事を持つ普通の人間に戻った。

実験はどう、と誰にも聞かれなかった。聞きようがない。みんなそれが存在することを知らない。

誰かに話そうかと考えたことはある。兄に。友人に。誰でもいい。ただ、現実世界で自分が何をしているか知っている人を一人だけ持つために。けれど、近づくたびに止まる。誰かに話した瞬間、これは変わってしまうから。実験ではなくなり、パフォーマンスになる。今は観客が見知らぬ人だけで、そこには何か清潔なものがある。

四半期の目標を話し合う社内会議に座っている横で、頭の片隅では、いま韓国にいる誰かが自分のサイトを開いたかもしれない、と考えているという、特有の不条理がある。今週、本当にあった。ソウル時間の午前2時に誰かが訪れた。誰だったのかは永遠にわからない。4分滞在した。

正当化なしにお金を求めているだけのページに、4分というのは長い時間だ。あの4分のことをずっと考えている。何を読んでいたのか。何を考えていたのか。ウォレットの位置までスクロールしたのか。本気で考えたのか。

罪悪感ではない罪悪感

これに罪悪感は感じていない。それははっきりさせておきたい。何も悪いことをしていない。誰にも嘘をついていない。ページは正直だ。ウォレットは本物だ。実験は記録されている。

それでも、何かの低いノイズはある。罪悪感ではない。むしろ自覚に近い。自分が二つの人生を生きていて、片方の人生にいる誰も、もう片方を知らないという自覚。makemerich.wtf を訪れる人たちは自分の本名を知らない。自分の本名を知っている人たちは makemerich.wtf を知らない。両方の世界に立っているのは、自分一人だ。

奇妙な立ち位置だ。悪いわけではない。ただ奇妙だ。

なぜまだ誰にも話さないのか

理由は三つ。

一つ目、同情の寄付は欲しくない。母親が20ドル送ってくれたとして、それは何も証明しない。実験は相手が見知らぬ人であるときだけ意味を持つ。混じり気のない、フィルターのない、文脈のない見知らぬ人。

二つ目、意見が欲しくない。まだは。誰もが何にでも意見を持っているし、いまこの実験は自分のものだ。誰かに話した瞬間、それは「実験」ではなく「カルロスがやっているあの変なやつ」になる。そこへ行く準備はまだできていない。

三つ目、正直さ。要点は匿名性だ。もし実験が機能するなら、それは外の誰かが、インターネット上の顔のない人間を信じることに決めたからだ。自分の顔が画面に入った瞬間、変数は変わる。自分はきれいなデータが欲しい。

カウンター

今週はさらに73人の訪問者。累計で120人くらい。ウォレットは相変わらずゼロ。サイトのライブフィードはまだ「最初のトランザクションを待っています」と書いている。その文を毎日見ている。だんだん友人みたいに感じてきた。

奇妙で、辛抱強くて、ちょっと意地悪な友人。

3週目の判定

がっかりはしていない。落胆もしていない。好奇心がある。実験は予想していなかったことを教えてくれている。インターネットについてではない。忍耐について。何かを欲しいと思うことと、それを欲しがっていることを誰かに知ってもらう必要があることの違いについて。

もしこれを読んでいて、自分のことを現実で知っている人なら:そう、あなたはこれを知らなかった。そしてたった今気づいたなら:はい、これで知った。両方の世界へようこそ。

27日目に会いましょう。